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熊本市議とメイ首相の事例は全く異なる

熊本市議会ののど飴騒動ですが、緒方夕佳市議を擁護する意見、批判する意見がネット上に溢れていますが、この両者、実のところどちらも間違ったことは言っていないのです。

 

 

擁護派は、のどが痛いときにのど飴を舐めることすらゆるされないほど議会は威張った存在なのか?ということに注目して議論しており、それはつまり「議会のルールが正しいかどうか?」という視点で緒方は正しい!と言っています。

 

 

批判派は、口にモノを入れた状態で発言することは無礼なことであり、それをしなければならない事情があったなら事前に許可をとったり断りをいれるべきだし、それが認められないならルールを変えるように活動すべきであるという主張で、つまりは「根回しも事前手続きもナシに無礼を強行したことの是非」を批判しているわけです。

現在25歳の元アイドル、指原莉乃さんもテレビ番組でその点を話されており、仲間内での礼儀を重んじる芸能人らしい発言だなと思います。

 

 

このように中心となる議題が異なったままではこの議論も時間の無駄で終わるのではないかと私は予想しています。

 

 

私の立場は後者(無礼強行の非があるとの立場)です。

「緒方市議は大切な仲間や友人相手に無礼なことを強行するだろうか?」「相手が人殺しも厭わない非合法組織だったとしても同じ無礼ができるのだろうか?」と考えた場合、そのようなことはないと思われるからです。

また「ルールに明文化されていないから強行する」という立場は「法律的に黒だと断定されていない悪いことはやってみる価値はある」との考えに通じる「犯罪者的」な思考ですし、ルールに納得できないから従わないというのも「犯罪者的思考」だからです。

ルールが気に入らないなら正当な手順を踏んだ政治活動で変えるべきだし、「李下に冠を正さず」の姿勢が無い政治家は信用するに値しないからです。

 

 

 

さてタイトルの件ですが、ハフポストでは英国のメイ首相が咳き込んだ際に財務大臣が飴を渡したことを引き合いに出し、「日本は英国より狭量」であるかのような報道をしました。

私は英国の事例と熊本市議会の事例は全く異なる事例だと思います。

英国の事例は、

事情があって咳が止まらなくなったが、それでもスピーチ継続の努力をしていた人物に対して、周りがその努力や責任感を認めてのど飴を舐めることを赦した案件

です。

一方、熊本市議の場合は

事前に何の説明も努力もないまま自分の都合と自分の解釈で非礼な行動を強行した案件

です。

 この2つの案件の違いは「子どものしたことだから」という言葉の使い方に似ています。

子どもがなんらかの非行を働き、他人に迷惑をかけた場合、

被害者側が「子どものしたことだから」と言うのは度量の広さをもった許し

加害者側が「子どものしたことだから」というのは醜い開き直り

になってしまいます。

メイ首相の事例は周りからの許しなのに対し緒方市議の事例は開き直りだというと分かりやすいのではないでしょうか。

 

 

議会に赤ちゃんを連れてきたことに関しても、事前になんの確認もしない強行突破なのですが、核家族で働くお母さんはどうすればよいのかという「保育園落ちた、日本死ね」と同じような問題提起の側面もあったことから、その強行突破は政治パフォーマンスとして一定の成功を収めました。

今回ののど飴騒動には働くママ問題のような政治的な論点はなく、「人前でアメを舐めるという非礼それへの許容」という問題以上の政治的意味はないのにも関わらず、緒方市議はまた政治パフォーマンスをやろうとして失敗した、そんな印象です。

 

 

 

洋の東西を問わず、無礼なことを強行するのは悪い事なのではないでしょうか。

また、無礼なことをしなければならない事情があったとき、事前に断りを入れたり申し訳ない態度で臨むのが、その後の人間関係や業務を円滑にしていくのにも重要なことなのではないでしょうか。

ところが今回の緒方市議の行動に関しては、マスコミ各社が緒方擁護寄りであることが気になります。

「議会答弁や質問の歳にのど飴を口に含むことが許されるのか否か」の問題のみに論点を絞り(私は矮小化だと感じますが)、

アメをなめて答弁することの礼儀の問題

礼を失することが予想されるときにとるべき措置

そのルールが時代遅れならどのようにルールを見直すのが正しい方法なのか

といったことから国民の目をそらしているように感じるのです。

緒方市議の経歴を見ると、政権に批判的なグループとの交流が見られます。

マスゴミが緒方市議擁護に向いているのはそのような事情とは無縁なのでしょうか?

日本から礼儀や事前相談などの文化をなくし、無礼を突然働いた上に詭弁を使って開き直るような人々が闊歩する社会、それがマスゴミが理想とする社会なのでしょうか?

 

 

マスゴミからの情報にはこれからも気をつけていきたいと思います。