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離婚後に自由に生きる姿の記録

千田有紀氏の物の見方が一方的で驚いた1

本来なら「保守が増えた理由についての予想3」を書くつもりだったのですが、Yahooニュース個人に書かれていた千田有紀教授の記事のあまりの一方的言い分に驚いて記事を書くことにしました。

その千田教授の記事というのは以下の2つです。

news.yahoo.co.jp

news.yahoo.co.jp

 

 

千田有紀さんという方はウィキペディアによれば「上野千鶴子氏の弟子のフェミニスト」という趣旨の記述があります。

なるほど、あの上野氏の弟子ならば「女性が不快かどうか」という一点のみに絞った視点で、それ以外の様々な事情を汲まず、しかし頭が良くて日本語構成力が上手いものだからその偏った主張に正当性があるように見える場合があっても仕方のないことなのかもしれません。

今回はその全てに反論すれば膨大な文字数となってしまいますので、上記の2つめの記事にある「Bさん」の主張への反論を行います。

 

 

 

記事を要約すると、「Bさんは未婚の母という道を選んだが、役場に手当ての申請に言った際に、子どもの父親について根堀葉堀聞かれて屈辱的な思いをした。手当ては子どもの権利であり、親のいざこざは関係ないはず、子どもには活きる権利があるはず。また、相手の男性に対するプライバシー侵害にもあたる。」との主張を、さも正しい主張であるかのように載せていました。

 

 

 

まず大前提ですが、子どもを養育する義務はその父と母にあります。

未婚の母の場合でも養育の責任はその父親にあります。

 離婚してシングルマザーとなった場合、子の父親は戸籍をたどることで簡単に特定することができますが、未婚の母で子を生んだ場合、子の父親を戸籍だけでたどるのは困難です。

だから役所は質問するのです。

未婚の母に子どもを産ませた男だけがプライバシー侵害を受けているのではなく、結婚後に子どもを作って離婚した男は、戸籍情報によって「申請者への質問を経ずにプライバシー侵害がなされている」のであって、結婚した男と結婚せずに産ませた男という二者の関係で見た場合、まったく公平な取り扱いとなっていると言えます。

 

 

 

次に、法律婚にせよ事実婚にせよ、結婚している夫婦のもとに子どもがいる場合、児童扶養手当は発生しません。

夫と妻で協力して子どもを養育することになります。

また離婚した場合で母が親権を獲得した場合、父親は養育費を払わねばなりません。

もしそれを払わずに逃げようとしても、母親がその気になれば男親の給与を差し押さえてそこから養育費を取ることもできます。

そういう意味では結婚して子どもを作った父親(男親)は遺伝子のコピーを残すにあたりコストが発生することになります。

ところが未婚の母であって認知もしていない場合、子どもの生物学上の父親は遺伝子のコピーを残すにあたりなんらコストを請け負いません

結婚してから子どもを作った男親から言わせれば、これは不公平な状態であり、未婚の母が認知も求めず養育費も求めないのならば、

自分の遺伝子を残すのに養育費も払わず、税金で育ててもらおうってのは、まるでカッコウの托卵じゃねえか

と、非難の一言も言いたくなります。

そして認知を求めなかった未婚の母は、児童扶養手当てを貰うのであれば「カッコウの共犯者」にしか見えません。

きちんと養育費を払っている男親や、夫婦間がギスギスしつつも婚姻を継続している夫婦からみたら、未婚の母は「養育費をきちんともらう努力をしていないのに制度にタダ乗りしている人」に見えても仕方のないことなのです。

 

 

 

 

この手のフェミニスト系記事によく見られる手法なのですが、読み手を「子どもの命」とか「悩みぬいてやっと前向きになったのに出鼻をくじかれた。」という感情や気持ちの問題に注目させようとします

その手法は読み手の共感を惹起しやすく、感情というフィルターを通してしか物事を見ることができなくなる危険(フェミニストにとっては好都合な効果)があります。

もしも、私が書いたような視点に気づかないまま「Bさんかわいそう!役場の手続きはヒドい!」と思っている方がいるとしたら、それはフェミニストの「感情操作」の手法にまんまと引っかかっている状態ではないでしょうか。

私は未婚の母であるBさんの事例は、離婚や死別のシングルマザーとは分けて議論すべきだったと思います。