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離婚後に自由に生きる姿の記録

保守が増えた理由についての予想2

左翼リベラルがうそをついてきた(それがバレた)、あるいは「自分は良くて他人(権力者)はダメ」というダブルスタンダードがバレた、そういったことが保守増加の原因ではないかと前回述べました。

 

そのほかにもうひとつ、ネット普及との関連で言えば「政治的に正しい綺麗事に辟易している人がいる」ということもあるかと思います。

例えば「在日朝鮮人の差別はダメよ」と左翼リベラルを気取ったマスメディアは言いますが、現在40~50代の人(とくに男性)で一部地域に住んでいた人は自分が中高生のころのことを思い出します。

朝鮮高校の生徒にからまれたりカツアゲされたりしたときに、腕に自信があっても絶対に反撃してはならない。

なぜならその後彼らは集団で仕返しに来て、こちらが警察に訴えても朝鮮集落全体で犯人をかばい、泣き寝入りになるから。

なんてことが言われており、実際に被害にあった知人がいたりするわけです。

そういう記憶のある人が採用担当者になったり、家庭を持つようになれば当然、リスクを避けるために在日朝鮮人を避けたいと思うわけです。

でもメディアは「差別はだめよ」の一辺倒。

またそういった朝鮮籍の芸能人が情報バラエティ番組等で日本や日本人を批判することは許されて、右寄り芸能人が朝鮮を批判することは許されません(これはダブルスタンダード問題とも重なりますが)。

在日朝鮮人に限らず日本での少数派と多数派、その一方の批判は許されて一方は差別の名の下に守られるような主張を何年も見続ければ、「それはちょっと不公平ではないの?」という感情が生まれても不思議ではありません。

こういった「自分の体験とメディアの主張のギャップ」や「批判や擁護の回数に不均衡があるとの感情」が芽生えたなら、まずはメディア不信になり、その後メディアの言うことの反対側の意見を信じやすいでしょう。

 

 

 

今月は関東大震災があった9月ですけれども、その際に朝鮮人虐殺があったという報道は繰り返し行われるのに、生田警察署襲撃事件のような朝鮮人が暴動を起こしたことはあまり報道されません。

そこには「少数民族差別はいけない」とのポリティカルコレクトネスがあるため、実名で「朝鮮人の暴動もあった!」と言えば自分だけでなく家族までもが「差別主義者」だとして世間やマスコミから批難を受け、生活がままならなくなる可能性があります。

しかしインターネットの世界ならば匿名性を維持し、生活を維持したまま「朝鮮人の暴動もあった」と書くことができます。

この匿名性を得ることで、匿名で保守的意見を表明することが可能になり、その後「保守的な意見を持っているのは俺だけじゃなかったんだ」「保守的な意見を述べてもそれがただちに差別になるわけじゃないんだ」という安心感から実名での保守的意見も表明しやすくなるわけです。

 

 

もっと身近なところで言えば、「職業における性差別をなくそう」と言ったところで、男性保育士が女児のオムツ替えをすることに心理的抵抗がある方もいるわけですが、なぜか「おたがいの歩み寄り」などという我慢の強制しか解決案が出てきません。

自然発生的に職業における性別の偏りが発生したのはなぜなのか、そこを指摘し性別の偏りを容認することはポリティカルコレクトネスに反するため結局のところ誰もが納得する答えが出ないのです。

 

 

 

ポリティカルコレクトネスに疲れ、辟易していた人々に「匿名」という安全地帯が与えられたこと、それもまた保守の増加につながったように思います。