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離婚後に自由に生きる姿の記録

生活保護に関する対立01

生活保護受給者に対して厳しい意見を持つものと、福祉の充実を訴えるもの、その両方がいつも喧嘩しています。

その多くは「健康で文化的な最低限度の生活」という言葉をどのように解釈するかで対立し、厳しく解釈する人と甘く解釈する人でも意見が異なります。

そこにさらに「道徳的な価値観」まで入ってくるから話がややこしくなる。

 

 

 

 

例えば年収とか生活保護ではなくて、異性にモテるかどうかという話をしてみる。

 

 

 

俺はイケメンに生まれてこなかった。

学業成績は多少良かったものの運動神経は鈍く、スポーツで活躍できず、文科系の趣味を選んだせいもあり地味で、女にあまりモテない。

そのままもうすぐ30代後半を迎えようとしているが、俺だって美女と結婚したい!

でも美女に相手にされない!

こんなことを言っている男がいたとしよう。

イケメンでないことも、運動神経がよくなかったことも遺伝の影響であって、本人の責任ではない。

しかし、「おまえは美女を手に入れる努力をしたのか」「トーク術を磨いたのか」「前澤氏のような経済的成功をつかむ努力をしたのか」と過去の努力を責められたり、「だったらトーク術を磨け」「投資の技術をつかめ(金持ちになれ)」とかの未来への努力を求められたりするだろう。

絶対に「彼にも理想的結婚をする権利がある!美女が彼と結婚してあげるべき!」とはならない。

 

 

 

過去に貧困女子高生としてテレビにでた女性が実は趣味に浪費しているのではないかと騒がれたことがある。

netgeek.biz

この女子高生はエアコンがないとか学費が足りない等と言って「援助」を求めているが、趣味にも相当お金を使っており、「節約していないのではないか?」との疑惑が持たれたわけです。

この女子高生を叩く人の感覚は、「やるべきことをやらずしてクレクレは許されない(道徳的におかしいだろ)」という感覚で叩いているのであって、女子高生への批判と先ほどの美女と結婚したい男性への批判・助言は次のように対比することができます。

趣味の一部を我慢したのか(=美女を手に入れる努力はしたのか)

趣味を一部諦めて貯蓄すれば学費は捻出できるだろ(=トーク術を磨け)

 

 

 

それに対してこの女子高生や番組を擁護する側は「相対的貧困」という言葉を持ち出して

平均的女子高生と同レベルの趣味を楽しめないのは相対的貧困なんだから貧困として援助すべき

と主張するわけです。

相対的貧困という言葉や定義の問題については次回書くこととして、「周囲の平均と同じレベルが保証されるべき」ならば、容姿や遺伝情報に恵まれなかった男女は

それに見合った配偶者(恋人)ではなくて、最低でも平均レベルの配偶者や恋人が与えられるべき

なのかというと、当然そこは否定される。

 

 

 

私は生活保護受給者を叩く側でも福祉を重視する側でもないですが、私には

 

美女をつかむ努力をしなかったり、努力が足りなくて結果がでなかった男性が「美女と結婚したい」と言って駄々をこねている

 

のと、

 

生活保護受給者が「相対的貧困」という錦の御旗のもとに節約をせずに援助を求めているのと

 

が同じに見えて仕方がないのです。

もしもこの疑問に、小難しい理論や詭弁、法律論を使わずに、誰もが納得できるような論法で「ストン」と腑に落ちる答えを示してくれたら、私は福祉を重視する側の応援に回れるような気がするのです。