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ケンカツドラマ版に反論

先日、ふとテレビをつけたら綺麗な女優さんが出ていたのと、テーマが生活保護だったので、21:30ころからドラマの終わりまで見てみました。

後にそのドラマが吉岡里帆主演の「健康で文化的な最低限度の生活」というマンガが原作のドラマであったとわかり、とりあえすその時に見た第2話と第3話(母子家庭で高校生の息子が隠れてアルバイトする不正受給案件=日下部家のケース)の感想と、このドラマへの反論を私なりに述べてみたいと思います。

 

 

低視聴率の直接の原因かどうかはわかりませんが、このドラマでは主演の吉岡里帆さんがいつも難しい顔や悲しい顔をしていて、「あざとい」と言われるほどの笑顔が彼女の美しさが輝く瞬間なのに、そういう彼女の魅力が「生活保護」という重く難しいテーマのせいでまったく発揮されていないように感じます。

安っぽい恋愛ドラマで気分が上がったり下がったりするような役柄のほうが彼女のファンをひきつけることができてよいのではなかったかと感じました。

 

 

 

次にストーリーについてです。 

ウィキペディアによれば原作者の柏木ハルコ氏は

「間違った情報を描かないよう監修をつけてほしい」「視聴者の偏見を助長するような表現はしないでほしい」という2点を条件にテレビドラマ化のオファーにOKを出した

とのことでしたが、だったらこれはどうなんだ?と思わざるを得ないストーリーが描かれていました。

ドラマのシーンで「関係をつくることが大事」だと諭された主人公が、その上司から中古ギターを渡されて、バンド活動を夢見る対象者(前述の隠れてアルバイトをした日下部家の長男)にギターを渡そうとするシーンがあります。

役場のケースワーカーが対象者と良好な人間関係を作ることは、確かに大事なことなのでしょう。

しかし公務員が対象者に対して私財を投入することは、それが全てのケースにおいて行われない限りエコヒイキに他なりませんし、全てのケースにおいて行うべきだとすれば、それは弱者という立場を利用した公務員からの搾取にほかなりません。

原作を読んでいないため、原作がこういうストーリーなのかドラマのみがこういうストーリーなのかはわかりませんが、

 

 

生活保護受給に抑制的な世論を形成する物語はダメ

役場や公務員に本来義務のない負担をかけるのはOK

 

 

というストーリーは、一部の自分に甘い人々を増長させたり、生活保護を手厚くする運動への応援を増やす効果や可能性があり、ドラマというエンターテイメントのフリをしながら、実態としては政治工作に片足を突っ込んでいると感じます。

 さらに、第1話では生活保護受給者が自殺をしてしまい、主人公が他の同僚から「ケースがひとつ減ってよかったじゃん」と言われるシーンがあったそうです。

原作者は「そのような発言をするケースワーカーがいることを耳にした」と言っているそうですが、ケースワーカーがなぜそのような考えに至ったのかが描かれることがなければ、「身分が保証されているから他人の痛みがわからない公務員がいる」という安易な嫉妬感情に基づく批判にしかなりません。

私が過去にケースワーカーさんに話を聞いたところ、守秘義務があるため詳細には教えてもらえませんでしたが、本当に生活保護が必要な気の毒な方もいるし、自業自得ではないか思えるほど努力嫌いで性格が歪んでいる人もいるとのことで、自業自得のような方に暴言を浴びせられて心が疲弊した場合には「ケースが減ってよかった」という感情をもつことも仕方のないことだと感じました。

 

 

 

前述のウィキペディア情報ですが、原作者の柏木氏は湯浅誠氏や雨宮処凜氏の書物から影響を受けたとのことであり、生活保護需給者の全体的な傾向を調査、把握してマンガを描いたわけではない(平凡な事例はそもそもマンガに適さないという問題もあるが)ため、どうしても「援助を推奨する側に偏った」という疑念が消えません。

 

生活保護という制度をどのように運用していくのかと言う問題には、様々な意見があり簡単に結論が出るものではありませんが、その一方の意見に世論を誘導しかねないドラマである以上、吉岡里帆さんには申し訳ないですが、低視聴率で影響力も小さいままのほうが良いと思います。